衆議院秘書協議会

秘書協ニュース「衆院秘書協40周年記念式典開催」

2011011711月17日夕刻、衆議院秘書協議会の設立40周年記念式典が、衆議院第一議員会館の多目的ホールにて開催されました。昨年夏に新議員会館が完成し、会館ホールを使用する初の試みとして、昨年来、秘書協実行委員会が準備をしてきたものです。

鬼ヶ原克志衆議院秘書協議会会長の挨拶で開会した式典には、夕方早めの時刻にもかかわらず、総勢300名を超す秘書の皆さんが出席。華やかな式典となりました。

来賓として、横路孝弘衆議院議長や菅直人内閣総理大臣をはじめ、各党党首がそろい踏み。秘書協に対するエールを送る各党党首の挨拶は、「政治からの独立」を謳う秘書協議会ならではの光景で、会場からは大きな拍手が沸きおこりました。

また、秘書協発足に多大なる尽力をされた大先輩の皆様方や、国会議員秘書OBの会である「布衣の会」からも多数出席をいただき、現役の秘書に対して激励の言葉が送られました。
※式典の詳報は次項に掲載します。

衆議院秘書協議会 会長 鬼ヶ原克志

秘書協議会は、「国会議員の秘書の地位の向上と制度・待遇の改善を図り、合わせて職場環境の整備を図ること」を目的として、国政の発展に寄与するために、 国会に議席を持つ全ての政党の秘書会、秘書団から構成されております。秘書協は、先輩方が長い間培ってきた①政治問題からの独立、②自主性の堅持、③全会 一致、この三原則に基づいて運営されてきました。
振り返れば、1947年5月3日、国会法で「国会議員の職務に供するために事務職員一人を付 す」として、秘書制度が始まりました。その後の国会法改正で、「秘書」となり、特別職の国家公務員となりました。70年には「国会議員秘書年金基金」が、 72年には「国会議員秘書健康保険組合」が発足し、今の衆議院秘書協議会の創設へと繋がっていったのです。
秘書協は、秘書給与総額一括支給制度 の問題とか、政策秘書創設の問題など、色々なことに取組んでまいりました。また、海外視察としてアメリカや韓国の秘書制度について勉強したり、交流を行っ たりしながら、自らの資質の向上と処遇の改善のために全力を図ってきました。我々秘書は一人一人、国権の最高機関である国会に勤める者としてそれぞれ自覚 をし、研鑚を進める事によって国会議員の職務の補佐をしっかりとしていくために、資質の向上も図っていきたいと思います。
明日の我々の秘書制度、秘書のしっかりとした再生を創っていくために全力を上げて我々秘書も一丸となって頑張ってまいります。
最 後に本日御参加して頂きました御来賓の皆様、それから御参加して頂きました秘書の皆様に感謝を申し上げながら御挨拶とさせて頂きます。
本日はどうもありがとうございました。

《ご来賓挨拶》

衆議院議長 横路 孝弘

今日は衆議院の秘書協議会設立40周年という事で、本当におめでとうございます。
歴代の秘書協の役員の皆様方の御尽力で、社会的地位の向上と、待遇の改善という大変大きな成果を上げてこられた事を心から敬意を表します。党派を越えて結束してきた、三つの原則をしっかりと守ってやってこられたからこそと思っております。
昨年は国会開設120年、そのうち63年間衆議院議員を務めた尾崎咢堂さんが『議会というのは打解けて熟議すべき、国家のために努力する場所である』と言 われております。まさにこれは、議員と秘書が一体となってやっていかなければいけないということで、議員の皆さん方が心置きなく活動するためには、秘書の 皆さん方の本当に誠実で真摯な努力という事が問われています。秘書の皆さんも議員と一体となって活動をしながら、同時に議員に対して、皆様方の経験を生か して意見やアドバイスをすべき時はしっかりとやってもらうというのも皆さん方のお仕事だと思います。
いずれにしても、社会的な使命というのは非常に大きいということを心にしっかりと刻んで、議員の良きパートナーとして、これから活躍されます事を心から御期待申し上げますと同時に、この秘書協議会の今後の益々の御発展をお祈り致しまして、御祝いの御挨拶と致します。

内閣総理大臣 民主党代表 菅 直人

衆議院秘書協議会40周年、本当におめでとうございます。
私が議員会館に出入りするようになったのは、市川房枝先生の事務所でした。国会には色々な事務所があり、秘書さんがおられるなということを感じておりました。それから私自身も議員になり今日を迎えております。
昨年、議員会館が改装されたことは、秘書さんにとっても良いことですが、議員にとってもこれまで議員会館の中で打合せをするときに小人数しか出来なかったのですが、本格的に仕事が出来る空間が得られているという事は、大変良かった事だと思っております。
秘書協は全ての会派が参加をして年金や医療についてもお話をされるということですが、国会もそうなればいいなと思いながらお聞きを致しておりました。
秘書という立場で議員を支え、そしてある意味では国政全般を縁の下の力持ちとして支えて頂いている皆様には、この秘書協40周年を期に、一層そうした仕事を支えて頂けるよう心から期待を致しまして私の御挨拶とさせて頂きます。
本日は本当におめでとうございます。ありがとうございました。

自由民主党総裁  谷垣 禎一

秘書協議会40周年の節目を迎えられまして、心からお喜びを申し上げたいと思います。
私達の仕事は国会議員だけでは出来る事は限られています。私自身振返って、選挙をするのも、私の活動を支える資金集めをするにしても、政策の色々な材料を 集めるにしても、秘書無しで仕事が出来る訳では全くありませんで、言ってみれば秘書の背中におんぶをしながらやらしてきて頂いてきた。しかも、色々な代議 士の方々の秘書さんにも随分教えて頂いたりしました。
一昨年の選挙で政権交代が起こり、しばしば大量の国会議員が当選したり、次の選挙では大量 に落選するというような事が見られるようになり、秘書の方々の御立場も非常に不安定になっていますが、やはり、本当に国のために頑張るプロの秘書をどうし たらきちんと確保出来るかが大切だと確信しております。
いずれにしても、私共も秘書の皆さんと一緒になって今のような変化の時に国をきちっとし て行くぞという事でなければ、日本の議会制度というのは上手く機能致しません。どうぞ、これからもこの秘書協議会の皆様が秘書制度、更に次元の高いものに 頑張って頂けるように私共も御一緒になってそれをやりたいと思っております。
どうぞ益々の御発展を心よりお祈り申し上げまして御挨拶と致します。誠におめでとうございます。

公明党代表 山口那津男

私は秘書協議会の歴史の約半分近くを議員として過ごしてまいりましたが、この後半の20年の間、まさに変化の著しい時代だったという風に思います。選挙制度も変わり政党の離合集参が繰り返される中で、秘書さんが大変御苦労をされてきたと思います。
その協議会の皆さんお一人お一人の頑張りのおかげで、私は秘書さんの身分という物が制度的に着実に保証され、地位を高めてきていると思っております。
その中で、実務系の秘書ノートを編集された。議員も秘書も成り立てとなると、何をどうやっていいのかわかりません。しかも、議員の仕事というのは不定形でありますから、そこであのノートが実際のヒントとなるという事は本当にありがたいなあと思いました。
そして、文字に出来ないところも隣の部屋の他党の秘書さんに教えて頂きながら、少しずつ少しずつ経験・知恵を積んできたという事もいつわらざる事実です。
これから、政治の世界はさまざまな変化があろうかと思いますけれども、皆様が将来の志を持ちながら、そして議員と共にこの国政に寄与する、つまり国民に奉仕するという気概を持ってこれからも存分にお力を発揮出来るように、我々も頑張って参る決意であります。
今日は本当に40周年おめでとうございました。どうぞこれからの御活躍と御発展をお祈り申し上げます。

日本共産党委員長 志位和夫

衆議院秘書協40周年誠におめでとうございます。この40周年の歩みというのを伺っておりますと、秘書の健康組合を確立するそして年金基金を創っていく、 そして最近では、公設秘書三人体制を確立する政策秘書の制度を確立するこういう一連の前進がある訳ですけれども、秘書の皆様の社会的地位をしっかり充実さ せるということと合わせて国会活動を豊かにする上で秘書協が大変大きな役割を果たしてきたことに心から敬表を申し上げたいと思います。
国会議員 のもとで働いておられる秘書の皆様が、秘書協議会として大きな成果を上げられてこられたのは、民主的運営を貫いてこられたからだと思います。国会で活動す る全ての政党が参加し、全会一致で、そして政治問題は扱わない。そうした民主的な運営・ルールだからこそ、こういう大きな歩みが創れたと私は思っておりま す。
議員と秘書さんの関係と言えば、私は本当にパートナーだと思っております。国会の質問でも或いは国民の皆様の要求・実現でも、議員と秘書と いうのはパートナーとしてお互いがお互いを高め合うという形で力を尽くすというのが本来の在り方であろうと思っております。そういう立場で私達も努力して まいりたいと思いますので、益々の秘書協の発展を最後に念願致しまして、御祝いと敬意と感謝を込めまして、御挨拶とします

社民党党首 福島みずほ

衆議院秘書協40周年本当におめでとうございます。
40年間にわたり労働条件の向上や、仕組みをきちっとするために秘書協の皆さん達が本当に努力をしてこられた、一致団結して制度を創ってこたれた事に心から本当に敬意を表します。
議員の仕事は秘書がいなければ全く出来ません。私もそうですが、秘書の皆さんがいなければ実は何も出来ません。その意味で秘書の皆さん達が国会の中で社会をよくするために議員とパートナーを組み、粉骨砕身頑張っていらっしゃる事に本当に心から敬意を表します。
私は議員になる前、ロビー活動、NGOの活動をしておりましたが、まず国会に来ると秘書の皆さん達に大変お世話になって、色々アドバイスをしてもらった り、気持ちを使って頂いてる事に本当に感謝をしております。そして、労働基準法の適用も無い、粉骨砕身というか、本当に重責・重労働の中で、私達も迷惑を 掛けたりしながら、一緒にやっていると思います。
ここにいらっしゃる全ての皆さん、超党派で全会一致で来られた皆さんは、社会を良くしたいとい う思いは共通だと思います。その意味で、共通出来る所は共通として良い社会を創るべく国会の職員の皆さんとも力を合わせたいと思っております。国権の最高 機関、国会をもっともっと元気に充実させるために、秘書協の皆さんのこれからの御活躍と頑張りと前進を御祈念申し上げ一緒に頑張りましょうと申し上げ、敬 意と感謝の挨拶と致します。
本日は本当におめでとうございます。

みんなの党代表 渡辺 喜美

秘書出身唯一の党首、渡辺喜美でございます。
私が渡辺美智雄の秘書になりました時に、一番最初に言われた言葉「秘書は人生の登竜門である」ということであります。「おまえら秘書は毎日試験されている ものだと思え」と言われました。当時の議員会館に来る人の中では、背広ではない、工場の労働者の格好で来る人が結構いたりしました。「身なりで人を判断し ちゃいかんぞ」。
2番目、「電話を取る時には電話に向かって頭を下げろ」と言われました。当時は日本人達は変な人達だよねえ、電話に向かって頭 を下げてるという評価がありました。しかし、「電話の向こう側ではお前らがどういう態度で電話を取っているのか、声の抑揚で解るんだ」と言われました。な るほど、足を机に上げて踏ん反り返っている時の声と電話にお辞儀しながら喋っている声は確かに違う。
社会哲学、実践馳せと言っていましたけど、色々なノウハウを山のように私達は教えられて仕込まれて秘書業務をやってきた訳でございます。
これ以上話すと企業秘密になりますので、これ以上お話し致しません。
本日は誠におめでとうございました。

衆議院議員運営委員長 川端 達夫

今日は秘書協40周年おめでとうございます。心から御祝い申し上げます。今日は諸先輩、OBの方もたくさんおいでだと伺いました。秘書協議会創立の重要さを自覚して研鑚をされながら、地位向上に向けて活躍されてきた御苦労と成果に対し、改めて敬意を表したいと思います。
先程も話がありましたように、皆議員は本当に御世話になっているものばかりで御座います。色々チームとして支え感謝を申し上げたいと思います。そして、こ れからまだまだ、御世話になる事が多いと宜しくとお願いを申し上げ、どうか益々、秘書協議会の皆さんが御発展されると共に御参会の皆様の御健康と御多幸を 祈念申して、御挨拶とさせて頂きます。
おめでとうございます。

衆議院事務総長 鬼塚 誠

本日は秘書協設立40周年本当におめでとうございます。心よりお喜び申し上げます。私が衆議院に入りましたのは昭和46年ですので、一年前に秘書協を創られたという事で私にとって一歳年上の兄貴分です。
元より、秘書の皆様が先生方の議員活動を支えるということは大変な御苦労があったのではないかと陰ながら察しております。そうした御苦労がありながらも、 秘書さん方がバラバラになる可能性がある中で、それをまとめ上げられたという事は本当に大切な事でございます。それを支えて秘書協を創られました前任の秘 書の皆様方の先見の明と、大変な精神的な御苦労に対して深く敬意を表したいと思っております。
そして、秘書協はいろんな形で改革を進め、現在に 至ってますが、まだまだ残された課題が沢山あります。それについて、党派を乗り越えて全体をまとめる形での秘書協の改革として皆さんのお力を振るって頂け ればありがたいと思います。もちろん、衆議院事務局としても傍からではございますが、きっちりと支えて参りたいと思います。
改めまして、本日はこのような御祝いの席にお招き頂きまして本当にありがとうございました。本当におめでとうございます。

秘書協議会OB 松木 國利

昭和44年から自民党の秘書会長をやっておりました。
それまでに秘書の色々な処遇の改善の問題で、自民・社会・公明・民社・共産五党の協議会があり、42年に秘書会の副会長、44年に会長になりまして、沢山 の処遇の改善の中から年金問題を一つ重点にしようと、合同の秘書連絡会で年金秘書の確立のために運動をし、一生懸命実現のために働きました。
皆 の力で実現したのは45年の10月1日で御座います。20年前に『秘書の風景』という記念誌が出来ました。それをご覧になりますと詳しい事が記述をされて おりますが、とにかく45年10月に年金が、47年に健康保険組合が出来た。当時の先生方、議員運営委員会、理事、庶務小委員、衆議院の事務局の皆さんの 懸命な努力があって日の目を見たのです。
秘書協は秘書労働組合です。各党の秘書代表の皆さんはその役員の一人だ。数年前から、秘書の給与のプー ル制の問題がありました。先程、先生方は「あなた方がいないとどうにもならない、秘書に助けられている」というお話でしたが、まさにその通りですから、ど うかその事を忘れないでください。
秘書の給与のプール制なんていうのは、皆さん阻止しなければなりません。秘書協議会の皆さんが団結して自分た ちの身分を自分たちで守るという事をやらなければならない。自分達で自分達の制度を確立。そのことを是非御願をしまして、今日の私の御祝いの言葉に返させ て頂きたいと思います。
ありがとうございました。

衆議院秘書OB『布衣の会』会長 宮崎 善久

今日は、40周年記念本当におめでとうございます。
私共は衆議院秘書OB会『布衣の会』組織致しております。今日はその役員の皆さん方が参加をさせて頂きました。皆さんもいずれOBになられると思います が、是非、『布衣の会』に参加して頂いて、この秘書協議会を盛り上げて頂きたいと思う次第であります。私共は秘書会のOBとして皆さん方の今後の活躍を注 視致しております。
事務局の方にも大変お世話になりました。事務局と一体となって秘書協議会が今後も益々御発展して、皆さん方の地位と身分を保障した組織である事を祈っております。
この立派な議員会館が出来まして、私共、大変驚いております。政治が、この立派な建物に負けないように、しっかりとした政治を担う片腕として皆さんの位置づけもあろうかと思いますので、しっかりと、国会議員の先生方を支えて頂きたいと心から思う次第で御座います。
簡単では御座いますが、衆議院秘書OBの会を代表しまして御挨拶と致します。本日はおめでとうございました。

参議院秘書協議会会長  江田 洋一

40周年本当におめでとうございます。
実は30周年の時には、衆議院・参議院一緒に秘書協議会の御祝いをさせて頂きました。衆議院の方が『布衣の会』というOBの会も充実していますし、衆議院 がいつ、解散になるか解らないという所でもありますし、参議院は逆に6年任期がある、そして、3年ごとに半数変わる、そして、秘書の数も、会館の数も少な いという事もあります。
しかし、この40周年の御案内を頂いた時に、参議院の秘書協議会にも50周年の時にはきっちり、じっくり良い企画を練っ て、一緒に我々の苦労を忍び、我々の仕事がより良いものになるよう、衆・参連携して一緒にやっていこうと話し合いをしております。皆様の益々の発展として 力を合わせて、より良い職場の状況を創っていきたいと思っておりますので、これからも、衆議院の皆さん宜しくお願い致します。
本日は誠におめでとうございました。

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